世界人口は近い将来、100億人に達する勢いです。先進国を中心にかつてないほど高齢化が見込まれています。世界保健機関(WHO)の最近の報告書によると、「2030年までに6人に1人が60歳以上になる」とのこと。
問題は過去20年間、ほとんどの国で平均寿命が着実に延びていますが、健康寿命は同じペースで成長していないことです。いくら長生きできても、寝たきりというのでは幸せな人生とは思えません。「長寿大国」と目されている日本も例外ではないでしょう。
こうした背景を踏まえ、各国政府や医療機関は現行の医療システムのコストを削減し、安全衛生基準を損なうことなく、医療福祉サービスを向上させる可能性があるとして、人工知能(AI)やデジタル技術に注目しています。
最近では、コンピュータのビジョン・アルゴリズムによって、乳がん等の症例検出の精度が飛躍的に高まっています。また、血液検査による病気の診断や予防にも可能性が期待され、日本赤十字社では世界の最先端を目指す動きを加速させている最中です。
AIの進歩には目覚ましいものがあり、生身の医者よりAIロボット医師の方が正確な診断と丁寧な対応をしてくれるとの指摘も出ているほどです。中国ではAIロボット医師が活躍する世界初のAI病院が稼働し、人気を博しています。病院で数時間も待たされ、結局、数分しか診てもらえないというのでは患者の不満も高まるしかありません。
また、このところ話題を集めている中国発のAIソフト「ディープシーク」ですが、究極の狙いは人々の健康管理と長寿支援にあると言われています。アメリカのチャットGPTを上回る人気を博しているようですが、単に低コストで利用者の疑問に瞬時に答えてくれるだけでなく、日常の予防的医学の助っ人としての可能性を秘めていることに注目すべきではないでしょうか。
一方、AIの革新的なポテンシャルにはリスクも伴います。まだ解決されていない問題も多々あることは否定できません。現在、規制当局がこういった課題を含めて技術革新のペースに追いつくのに苦労しているのも事実です。AIの有害な使用、特にアルゴリズムのバイアス導入により、適切なケアを受けられない可能性があるという懸念もあり、これが拡大すれば致命的な結果となる可能性があります。
このようなリスクを回避するには、いくつかの先行試験や徹底的な検証作業が欠かせません。第一に、AIモデルには一般化の問題があり、ある試験で有効性が確認されていても、新しいデータに対しては正確な予測を提供しない場合も想定されます。例えば、パンデミック中に開発された数百のCOVID-19スクリーニング向けの機械学習モデルを改めて検証した結果、十分なサンプルサイズや外部検証の不足、また適切な性能評価の欠如など、問題のあるモデルが大半だったことが判明しました。
また、AIモデルは通常、異なる人口サブグループ間で非常に異なる反応を示し、通常は最もデータが揃っている人口サブグループに従う傾向があります。これでは、少数派グループにとって想定外の悪影響をもたらす可能性が否定できません。
第二に、AIが医療の文脈で人間とどのように相互作用するかについての検証や理解が不十分なままです。
第三に、AIツールやデバイスの評価は、多様な患者の実態にどこまで正確に対応しているか不明な点が残されています。現状では依然として潜在的なリスクを乗り越えるところまでは至っていません。
最後に、AIが健康格差をさらに拡大し、新たな社会的問題を生み出すリスクがあります。最先端のツールの展開は、現時点では大半の国においては存在しないデジタル・インフラ・システムに依存せねばなりません。いくら新しい研究成果に基づき、新たな治療方法が設計されたとしても、リソースが限られた状況では途上国に限らず、地域によってはAI治療の効果を期待できないという厳しい現実に直面することになります。
そうした現状を乗り越え、AIのみならず量子コンピュータを活用した量子センサを医療面で応用すべく、世界の専門家や研究者が協力する必要があります。数年前、イタリアで開催された「G7産業・技術・デジタル大臣会合」においても、日本政府は国連開発計画、ユネスコ、経済協力開発機構(OECD)等と連携しながら、新たなAI活用医療サービスの進化を図る方向を目指すべく提言案をまとめました。この提言を活かしながら、2025年には日中両国が統合医療や医療ツーリズム等を通じて新たな産業に挑戦することが期待されています。