9人もの立候補者が争った前代未聞の自民党の総裁選でしたが、決選投票の結果、石破茂氏が新総裁に選ばれ、10月1日の臨時国会で新たな首相に選出されることになりました。
これまで4回の挑戦では毎回、同僚の自民党国会議員の支持が得られず、敗北の辛酸をなめてきた石破氏です。

今回は「5度目の挑戦で、これが最後だ」と述べていました。政治とカネの問題で国民から厳しい批判を受けている自民党のため、刷新感を出すために「党内の非主流派で、変わり者」の石破氏が、靖国神社参拝を繰り返し、「総理になっても参拝を続ける」と公約する高市早苗候補に逆転勝ちをし、念願の首相の座を射止めたわけです。

石破氏は日本の政界には珍しいキリスト教徒です。また、防衛庁長官や防衛相を務め、国防問題には明るく、鉄道マニアとしても知られています。趣味は機関車や飛行機のプラモデル作りと、カラオケでキャンディーズの歌を熱唱すること。同僚議員との飲み会は「時間のムダだ。そんな時間があれば読書に費やす」と、仲間作りに無関心で、「わが道を行く」を貫いてきた人物。

そんな変人政治家を選ばなければ、来る衆議院選挙では国民の支持が得られないと多くの自民党議員が「目前の総選挙の顔」として石破氏を選んだようです。それほど、自民党の主流派、即ち派閥の力が衰えた結果とも言えます。まさに、変わり者と目されてきた石破氏への期待が高まっているのですが、どこまで期待に応えることができるのでしょうか。同氏は災害に強い日本にするため「防災省」を創設すると訴えています。能登半島でも南海トラフでも巨大な自然災害の再来が危惧されているからです。

しかし、故安倍晋三首相の石破評は厳しいものでした。石破氏が事あるごとに「ねばならない」発言を繰り返し、結局、何が言いたいのか最後まではっきりしないことに業を煮やしていたからです。安倍氏曰く「石破は言うだけ番長だ」。あの世で安倍氏は今回の総裁選をどう見ていたのでしょうか。

更に気になるのは、軍事に詳しいことを売り物にしている石破氏ですが、自衛官の間での評判がすこぶる良くないことです。自衛隊の幹部曰く「石破さんは肝心な時に逃げる。防衛相の時には、部下をかばわず責任をなすりつけた。自衛官は彼を信用していない」。

そこまで自衛官から嫌われている石破氏ですが、その原因は何でしょうか。実は2008年に起きた「あたご事件」です。海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船と衝突事故を起こしました。どちらに原因があるのかはっきりしない時点で、石破大臣は漁船乗組員の遺族宅を訪ねて謝罪を行ったわけです。

しかも、TVカメラを同席させ、頭を下げる映像を放送させました。事故に対して真摯に向き合う姿をアピールしようとしたのでしょうが、自衛隊からすればトップが一方的に事故の責任を認めたことになったわけで、弁解の余地を奪われた形になってしまいました。自衛官たちにすれば「部下のはしごを外す裏切り」と見なされ、いまだに石破氏に対する不信感が尾を引いています。

こうした状況では同氏の前途は決して平たんなものではないでしょう。「アメリカに自衛隊の訓練基地を造る」とか「アジア版NATOを創設する」とか、威勢のいい発言を繰り出していますが、詳細を尋ねられると、答えを濁すばかり。これでは自衛隊員ならずとも、「おいおい、大丈夫か」と心配にならざるを得ません。

特に「アジア版NATO」は、いわゆる「中国封じ込め」が目的です。日本にとっても世界120の国にとっても中国は最大の貿易相手国に他なりません。中国を最大の脅威と位置づけ、日本や韓国、オーストラリアに対中抑止力の強化を要請するアメリカとすれば、日本が先頭に立って中国との対決姿勢を示し、なおかつアメリカ製の兵器を大量に購入してくれれば言うことなしと考えているようです。

これでは日本はいつまでもアメリカの属国でしかありません。石破新首相はアメリカに対して毅然とNO!と言えるのでしょうか。日本が真の独立を手にするためには、中国やインドなどBRICS諸国やアセアン諸国など「グローバル・サウス」との信頼関係を深めることが欠かせません。もはやアメリカ一強の時代ではありません。もちろん、自民党の時代でもないことは言うまでもありません。そのことを肝に銘じて、石破新首相には内政、外交に新機軸を打ち出して欲しいものです。