11月5日に迫っているアメリカの大統領選挙はかつてないほど盛り上がっています。ほんの1か月ほど前までは、バイデンvsトランプの「老老対決」のため、多くの有権者は「もっと若くて、ましな候補者はいないのか」と、4年に1度の選挙に無関心でした。

 ところが、81歳のバイデン大統領が選挙戦からの離脱を表明し、後継に副大統領のハリス女史(59歳)を指名したことで流れがガラリと変わったのです。アルツハイマー型認知症の症状が隠しきれないバイデン氏のため、民主党内からも大口の献金者からも「もういい加減に引退すべき」との声が鳴りやみませんでした。

 一方、狙撃事件で九死に一生を得たトランプ氏(78歳)は、当初は強がっていましたが、新たな対抗馬の登場で危機感に囚われているフシが見え隠れします。相手がバイデン氏の時は「あんな老いぼれにアメリカを任せることはできない」と強気一辺倒でしたが、若さと多様性を売り物にするハリス女史が登場すると、「体調が悪くなった場合には、選挙戦を辞退する可能性も否定できない」と、いつになく弱気の発言をする有様。

 しかも、本人も自らが副大統領候補に選んだバンス上院議員も、ハリス女史のことを「突然、黒人になったようだ」とか「子どもを産まず、子猫を可愛がっているだけだ」と、人種差別ともとられるような罵詈雑言のオンパレードです。余りの品のなさに、共和党支持者の間でも自制を促す声も聞かれます。

 主要メディアも、突然吹き始めた「ハリス旋風」を好意的に扱う傾向が顕著です。このままでは、アメリカ初のインド系黒人の女性大統領が誕生する可能性が出てきました。確かに、カリフォルニアでは上院議員や州の司法長官の要職をこなしてきたハリス女史です。数多くの訴訟を抱えるトランプ氏に対して「ああいう詐欺師のような人間の扱いには慣れている」と対決姿勢を露にしています。

 実は、そうした「新しい流れ」を巧みに演出しているのがハリス陣営なのです。各種世論調査では意図的に彼女の支持率が高くなるような操作も顕著に見られます。指名を受けてから2週間で500億円を超えるという史上最高額の献金を集めたことも話題になっています。

 共和党の側からは「これはハネムーン現象で、ご祝儀相場に過ぎない。ハリスには政策も実績も皆無だ。直に自滅するだろう」との発言も聞かれます。しかし、ここは冷静な情勢分析が欠かせません。

 注目すべきは大口献金者の大半がインド系のIT長者という点です。「移民の国」アメリカですが、最も多い移民の出身国はインドで、600万人を越えています。中国系の移民の数は500万人ですから、インドに大差を付けられていると言っても過言ではありません。

 インド南部生まれの母親を持つハリス候補はカリフォルニア生まれですが、幼い頃からインドへはしばしば連れて行かれ、インドの文化や料理に馴染んできました。そもそも「カマラ」という名前は、サンスクリット語では「蓮の花」を意味でし、「知恵の象徴」でもあり、ヒンズー教徒の多いインドでは最もポピュラーな名前に他なりません。

 その意味ではカマラ女史は世界最大の人口を擁し、IT ビジネスに強いインドとアメリカを結ぶ多様性と可能性をアピールできる強みがあるわけです。経済成長の著しいインドは2027年には日本やドイツを抜き、世界第3位のGNP大国になることが確実視されています。そんなインドですから、アメリカ企業も虎視眈々とインドとのパイプ作りに励んでいるようです。その点、ハリス候補はアメリカとインドを結ぶ懸け橋となり得ます。

 確かに、インドには詳しい彼女ですが、日本や朝鮮半島、はたまた中国にはほとんど無関心です。安倍元総理の国葬の際に来日し、その足で韓国を訪問し、南北境界線を視察しました。ところが、韓国のことを「北朝鮮」と発言しても平気の平左で、金正恩総書記はニンマリしたはずです。インド国内では彼女のアメリカ大統領選での勝利を期待する声が日増しに大きくなっています。

 とはいえ、相当ヤバい外交音痴の大統領になりかねません。そもそも、バイデン大統領の下で4年近くも副大統領職にあったわけですが、これといった実績はないのですから。トランプ氏からすれば、突きどころ満載といった状況です。その意味でも、9月10日に予定されているハリスvsトランプのテレビ討論の行方が大いに気なります。