徳川家康といえば、江戸幕府を生んだ初代将軍として日本の歴史に燦然と輝いています。
今年はNHKの大河ドラマ『どうする家康』が人気を獲得しているようです。このテレビ放送では、優柔不断で頼りなさげな家康が、苦悩しながら様々な決断を下す姿を描いています。
「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、時鳥(ホトトギス)」という狂歌で知られる家康ですが、20年単位で時期を待つという、時間に追われないというライフスタイルだったと思われます。そんなあくせくしない家康ですから、当時の日本人の平均寿命45歳をはるかに超える75歳の天寿を全うできたのかも知れません。
実は、家康は今で言う「健康オタク」でした。何しろ、宋の陳師文らが著わした『和剤局方』を熟読し、薬草や薬木を栽培し、自分の身体を実験台にして、医薬の改良に努めていたと記録されているくらいです。そのお陰で、3代将軍家光が幼い頃大病を患い、医者が匙を投げてしまった時には、自らが調合した「紫雪」(鉱物性製薬)で命を救ったこともありました。当時、最先端と目された中国の漢方や製薬器具を取り寄せ、自分でその効果を試し、周りの人々のためにも役立てたようです。
現代に生きる我々も大いに参考にすべき点があります。というのも、家康は天下人となった後も、麦飯と焼ミソといった粗食を貫いたと言われているからです。とはいえ、粗食というのは、決して粗末な食事のことではありません。
何かと言えば、その土地で育ち、収穫された食材、しかも、旬の食材を使った料理にこだわったのです。旬の食材であれば、栄養価も高く、美味しく、量も豊富ですから、当然、値段も安く手に入るわけで、一石二鳥どころか、一石三鳥、四鳥にもなります。そうした粗食を心がけたことで、その土地の食料生産活動の活性化にも貢献できたに違いありません。
もちろん、動物性たんぱく質も取っていました。当時は仏教思想の影響もあり、四つ足の動物は食べてはならないという風習があり、牛や豚の肉はご法度。そこで、家康が好んで食したのは「鶏肉」でした。こうしたバランスの取れた食生活のお陰で、家康は戦場でも「疲れ知らず」だったようです。「天下統一」の裏には「鶏肉」が効果を発揮していたといっても過言ではありません。
そして、もう一つ忘れてはならないのが、「よく噛む」という習慣です。家康が残した健康十訓の第一訓は「よく噛むこと」に他なりません。一口食べ物を口に入れたら、「48回は噛んだ」との記録が残っているほどです。噛むことの健康効果は現代医学でも立証されています。ガン、虫歯、肥満、ボケなど多くの症状を予防すると見なされているわけです。
思えば、105歳まで現役医師で活躍された日野原重明先生も「少なくとも30回は噛むように」と指導されていました。また、100歳に近いプロスキーヤーの三浦敬三氏は「一口60回は噛む」とのこと。現代人は噛む回数が激減しているようです。家康の現代人へのメッセージとして、即、実践できるのは「よく噛む」ことではないでしょうか?
そして、「自分の健康は自分で守る」という意思の力も忘れてはなりません。家康は晩年、自分で薬を調合していました。病気を寄せ付けないという普段の生活習慣が大切ということ。家康は中国文化に倣い、冷たい水は口にせず、日ごろからお湯を飲んでいたそうです。
元和(げんな)2年(1616年)に、あの世に旅立った家康でしたが、亡くなる3か月前まで鷹狩りを楽しんでいました。絶えず肉体の鍛錬にも励んでいたわけです。その成果かどうかは分かりませんが、家康は2人の妻と15人の妾を持ち、16人の子どもを残しました。
「人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」。家康の言葉ですが、じっくりと噛みしめたいものです。