日本では東日本大震災から10年を迎えました。この間、被災3県(福島、宮城、岩手)では40万人近い人口が減少しています。全国平均の減少が1・5%であるのに比べ、この3県の場合は6・7%もの人口減に見舞われてしまったわけです。当然のことですが、3県内総生産も1次産業は30%ものマイナスを記録する有様で、大災害からの復興は至難の業と言えます。
日本政府は2020年度までに39兆円の復興予算を投入してきましたが、ハード優先のインフラ整備が中心であり、生活基盤を支える産業育成にはつながっていません。コンビニや携帯電話の加入者数は伸びているものの、地場産業は十分に育たず、結果的に人口流出に歯止めがかからない状況が続いています。
放射能汚染の問題も完全には払しょくされたとは言い難く、アジアの近隣諸国では被災地域産の農産品には輸入制限も課されたままで、いまだ風評被害が克服されていないわけです。にもかかわらず、日本政府は汚染水を希釈し海へ放出する準備を進めています。汚染水の貯蔵タンクが満杯となってきたためです。韓国や中国からは海洋汚染に対する懸念する声が上がっているのは当然でしょう。
また、ウクライナ危機の最中には、同国内のチェルノブイリ原発がロシア軍によって占領された結果、新たな放射能汚染が広がる恐れが出ています。ウクライナは世界有数の小麦やトウモロコシの産地です。既にそうした穀物をはじめ原油、天然ガスなどのエネルギー価格は急上昇を見せています。
日本としても他山の石として危機感を共有する必要があるでしょう。その際には医療や防災という観点が重要になります。福島やチェルノブイリの教訓を活かすため、様々な試みが進行中ではあります。例えば、超党派の「医療・防災産業創生推進議員連盟」が誕生し、新たな産業の育成に取り組み始めたところです。
この議連は日本医師会、日本歯科医師会、土木学会や民間企業15社が加盟する「医療・防災産業創生協議会」とも連携し、全国各地にある「道の駅」を防災拠点化することを短期の重点プロジェクトに掲げています。
当然ながら、大震災の影響を最も受けた被災3県への取り組みを最優先に掲げています。具体的には、各種コンテナを活用し、災害時には医療提供の拠点とするほか、避難用のカプセルホテルにも転用できる仕組みを検討中です。将来的には、自然災害が急増するアジアを念頭に、新たな輸出産業に発展させようとの計画に他なりません。
実は、表立っての議論にはなっていないものの、医療福祉や防災、減災ビジネスを新たな成長産業として育成しようとの狙いも秘められていることは間違いありません。その意味で、この議員連盟には財務省、厚労省、経産省などが横断的な連携プレーを演じる土台としての期待が寄せられているわけです。
と同時に、民間企業の動きも活発化しています。例えば、塩野義製薬は2019年、ソニー傘下の医療情報サービスのエムスリーと合弁で「ストリーム・アイ」を立ち上げました。AIを活用した診断ツールや脳梗塞リハビリ施設の経営にも取り組むなど、医療福祉ビジネスの新たな可能性を追求しているわけです。将来的には、薬の適正使用情報の提供に加え、予防から予後までヘルスケア全体の課題解決にも挑戦するビジョンを描いており、地域コミュニティも「健康スマートシティ」に変身させようという動きに他なりません。
実は、未来の医療・ヘルスケア・防災事業に関しては、経団連でも独自の取り組みを加速させ始めたところです。その中心となっているのが「未来産業・技術委員会」で、2018年には「Society 5.0時代のヘルスケア」と題する提言をまとめています。これは、これまでの病気の治療を中心とする医療を「未病ケア・予防」にシフトし、画一的な治療から「個別化」を図り、個人が積極的に健康やケアに関与する基盤を準備するという「発想の転換」を意図したものです。
こうした動きはAIをテコにゲノム解析分野でビジネスと研究のシナジー効果を生みだす方向を目指しており、日本発の創薬に結び付けることで、日本だけでなく世界を支えるヘルスケアシステムを実現しようとするものでもあります。
労働集約型産業の医療福祉ビジネスにおいて生産性をどう高めるかが今後の課題ですが、地域経済への波及効果を念頭に、「食」と「農」に加えて「医療」と「防災」を新たな基幹産業にすれば、東日本大震災の復興の切り札にもなるわけで、大いに期待されるところです。
そのため、海外のファンドや企業も日本での新たな市場参入を目指して動きを活発化させています。
中国でも少子高齢化の傾向は顕著で、医療や介護のニーズは高まる一方です。と同時に、自然災害や原発事故などのリスクも加速しています。この大きな津波のような脅威にどう対処し、国民の安心、安全な生活を維持するかは日中共通の課題に他なりません。日本で始まった「道の駅」の防災拠点化と中国で進む「医療健康特区構想」は相互補完効果が期待できます。「ポスト・コロナ時代」を見据え、日中両国の産業協力に新たなパワーを吹き込む時ではないでしょうか。日中国交正常化50周年を迎え、創造力の翼を羽ばたかせようではありませんか。