自らを「テクノ・キング」と称し、次々と新規ビジネスを追求する電気自動車「テスラ」の最高経営責任者イーロン・マスク氏である。同氏は事あるごとに故スティーブン・ホーキング博士の言葉を口ずさむ。イギリス生まれのホーキング博士は「人類の未来はあと1000年で終焉を迎える」との見通しを語っていたものだ。ところが4年前の亡くなる直前、この予測を全面的に見直した結果、「人類に残された時間は、せいぜい100年しかない」と軌道修正をした。何と、人類の未来を900年もカットしてしまったのである。
一体全体、どういうことなのか。故ホーキング博士曰く「人類は急いで別の惑星に移住することを考え、実行しなければならない。地球は生物が生存するには、あまりにも危険が大きくなり過ぎた」。実にショッキングな遺言に他ならない。
これまで人類はさまざまな偉業を成し遂げ、科学の力で人間生活を便利で豊かなものに進化させてきた。このことに異論をはさむ人はいないだろう。確かに、われわれは空を飛ぶようになった。もちろん飛行機のお陰だが。また、多くの機械を発明、製造してきた。病気も克服する医療の進歩も目覚ましい限りだ。現下の新型コロナウィルスに対しても、様々なワクチンの開発を続けている。コンピュータもインターネットも飛躍的な進歩を遂げ、ビジネスも生活も格段に飛躍することになった。
とはいえ、その一方で、破壊や対立も容易に収まらない。現在、ミャンマーで起こった軍部によるクーデターがもたらしている惨状は悲惨としか言いようがない。国連の事務総長が「震撼とさせられる」と心情を吐露するが、民主主義の基盤がいかに脆いかを明らかにしている。2度の世界大戦はいうまでもなく、個人レベルでも地域間でも、些細ないざこざから流血騒動、そして人種や宗教が絡まり、紛争やテロが絶えない有様だ。
誰もが望まなくとも、対立や戦争は起きる。過去の人類の歴史を紐解けば、そうした結論に到達せざるを得ないだろう。翻って、第二次世界大戦後も今日に至るまで、戦争が勃発しなかった年は一年もない。これが世界の現実である。「戦争ほど儲かるビジネスはない」とうそぶくのが軍産複合体と呼ばれる軍需産業界の実態といえよう。
しかも、今や核兵器の拡散という、新たな脅威が生まれてきた。世界では核廃絶の声が高まる一方ではあるが、核兵器の2大保有国であるアメリカ政府もロシア政府も一向に聞く耳を持たないようだ。更には、新たに核保有国となった北朝鮮が関わるとなると、これまでの地域紛争や人種、民族対立から派生した戦争とは大違いのリスクが避けられないだろう。なぜなら、人類や地球の最期になりかねない危険をはらんでいるからだ。
そんな状況を見据えて、車椅子の物理学者として名を成した故ホーキング博士は人類の未来について悲観的とも言える遺言を残したのであろう。科学の力を信じ、宇宙への関心を広げ、自らも宇宙への旅立ちに備え、無重力体験を重ねていた同博士であった。母国だけではなく、中国や日本でもファンが多かった。そんな同博士の遺言的未来予測は杞憂であって欲しいほしいと願うばかりである。
故ホーキング博士の懸念は地球環境の悪化や核戦争の可能性に加えて、人工知能(AI)にも及んでいた。「シンギュラリティ」と呼ばれているが、AIが人間を凌駕する時代が間もなく到来する可能性が高いとの警鐘であった。同じく未来研究者にして人工知能研究の第一人者と目され、グーグルでエンジニア部門の責任者を務めるレイ・カーツワイル博士も同様の見方を明らかにしている。
同博士によれば、「AIが人間を超えるのは2045年頃」とのこと。実は、ソフトバンクの創業社長である孫正義氏も似たような予測をしており、「2047年にはAIが人間を凌駕する」との見解を明らかにしている。カーツワイル博士は「2030年代には人間の精神をコンピュータにアップロードできるようになる」と断定。
更には、「ナノマシーンを脳に挿入することで、外部機械を使わずともVRを見たり、記憶などの脳機能を飛躍的に向上できる」とも予測し、そうした新技術の開発と実用化をグーグルで進めているとのこと。自らを実験台に「不死を手に入れる」と豪語している。
この分野に関心を寄せる「テスラ」や宇宙ロケット開発で知られる「スペースX」の創業社長であるイーロン・マスク氏曰く「2040年代には人類はAIに価値判断を委ねるようになる」。言い換えれば、人間と機械の一体化が進み、サイボーグ化が当たり前になるという世界が間近に迫っているのである。
これだけ世界の頭脳プレーヤーやIT起業家がこぞって警鐘を鳴らしているわけで、我々も無関心でいるわけにはいかないだろう。あと20年ほどの近未来のことだ。今でも、サウジアラビアでは世界初の人型ロボット「ソフィア」に市民権を与える決定を下した。中国ではエンジニアの男性が自分で開発した理想の女性ロボットを結婚したとも報じられている。
欲望の虜になりがちな人間に任せていては、地球環境は悪化するばかりで、紛争や戦争も絶えない。人類全体の幸福や地球という生命体そのものの生存を考えた時、即ちそれは「AIの出番となる」というシナリオも現実味を帯びてくる。とはいえ、AIが人間の言うままであり続ける保証はない。マスク氏も「人間は注意しなければAIに支配されかねない」と考えているようだ。
この点は故ホーキング博士も同様であった。AIが自ら価値判断を下すようになれば、生身の人間では生存できない劣悪な環境下でもロボットとしてAIは生き残れるので、いずれ生んでくれた人類に見切りをつけ、AIの社会や国家を目指すようになる。そうなれば、人間に勝ち目はないだろう。
そうしたAIの天下が現実のものとなる前に、人類は安全に暮らせるより良い環境を求めて他の惑星に移住する道を進むべきだ、というのが故ホーキング同博士の主張であった。これにはマスク氏も大いに共鳴し、「スペースX」を通じて「火星への移住計画」を打ち出しているのだが、果たして、我々はそんな近未来に向き合う準備はできているのだろうか。