「習近平国家主席とも連携する孫正義の力量」

猛威を振るう新型コロナウイルス「COVID―19」に世界が右往左往している。日本では緊急事態宣言が解除されたが、先行き不安は残ったままだ。そんな中、常に未来志向でトランプ大統領や習近平国家主席の心を鷲掴みにし、最近ではインドネシアのジョコ大統領からご指名で同国の首都移転計画のアドバイザーにもなるなど、「サムライ経営者」の名を欲しいままにしてきたのがソフトバンクを率いる孫正義である。

そんなサムライ経営者がかつてない危機に直面することになった。世界中が都市封鎖(ロックダウン)を余儀なくされ、人やモノの移動が大幅に制限されたため、孫正義が重点的に投資を重ねてきたスタートアップ企業は軒並み、株価の急落から倒産や身売りという「想定外の運命」に翻弄されている。

ソフトバンクグループはこの5月18日、2019年度連結決算を発表した。前期は2兆736億円の黒字であったものが、今期は売上高6兆1850億円と微増したものの、営業損益は1兆3646億円の赤字となった。最終赤を計上したのは15年ぶりのこと。

孫正義はオンライン記者会見で、「コロナの影響が世界経済を真っ逆さまに落とすまでになるとは思っていなかった。今は人類全体が大きな未曾有の危機に瀕している。また、秋とか冬の第二波の広がりがあるかも知れない。楽観はできない。先行きは誰にも分らない」と、珍しく慎重な物言いに終始した。

とはいえ、勝負魂は健在で、「投資先88社のうち、15社ぐらいは逆に飛んで行って大きく成功すると見ている。その他はまあまあの状況になるだろう。飛んで行った15社が5年後、10年後には、我々の投資価値の90%程度を占めるようになるのではないか」と、強気の発言も忘れなかった。

「ネットバブルが崩壊した時も、アリババ、ヤフーなどごく一部の企業が90%の利益を生み出した。残りは倒産したり、生きていてもまあまという状態だった。同じようなことが今回も起きるだろう」。そして、日本企業最大の赤字についても、さほど気にせず、「コロナショックは新たな時代へのパラダイムシフトを加速するに違いない」と、楽観的な見通しも明らかにした。

では具体的に復活を可能にする新たなビジネスモデルや投資先はどこなのか。孫正義の大成功のきっかけになったのはジャック・マーの「アリババ」であった。中国の新興企業に対し、自らの直感で投資を決めたことで、後に大化けをすることになったのがアリババである。2000万ドルの投資で同社の株式の34%を取得したところ、14年後には500億ドルに大化けしたのである。

ソフトバンクの成功、大躍進の原動力であったアリババに代わる企業は現れるのだろうか。この問いに対する孫正義の回答はこうである。「コロナ危機の次に飛躍する企業はフード・デリバリー、オンライン医療サービス、ビデオ・ストリーミング、オンライン・ショッピングといった業種から生まれるだろう」。実は、彼が指摘する業種には既にソフトバンクが関係する企業も多い。

たとえば、メガユニコーンの分野で世界1とされる中国の「バイトダンス(字節跳動)」や「平安医療技術」などは注目株と目されているが、孫正義が得意とするスタートアップ企業ではない。また、韓国の電子商取引のリード役と目される「クーパン」も同様だ。彼が復活を賭けて投資しようと目論んでいる企業は意外な世界から登場する可能性があるだろう。オンライン医療サービスは日中間の共同ビジネスとして有望株となっている。

いずれにせよ、異端児であることは衆目の一致するところである。それゆえ、バッシングも受けやすい。一度つまずくと、投資家の見方は厳しくなる。「ウィワーク」の件が引き金となり、配車サービスの「ウーバー」や同業の中国の「滴滴出行」、インド発のホテルビジネス「オヨ」への巨額投資にも厳しい目が向けられるようになった。

とはいえ、孫正義本人は一向にひるむ様子がない。なぜなら、これまでのアメリカ製品による独占体制が崩れ、中国との競争環境が生まれたわけで、世界にネットワークを持つソフトバンクとすれば新たな販路を切り開く絶好の機会が到来したに等しいからだ。「マサ」こと孫正義は持ち前のソフトパワーを全開させ、アメリカや中国のコネクションを活かしながら、アジアに猛烈な食い込みを展開している。

そして、今、孫は中国の習近平国家主席が進める「一帯一路計画」に対して、静かながら、深く係っている。中国のエネルギー大手「ステイト・グリッド」と提携し、「グローバル・エネルギー相互開発合作機構」を立上げ、「一帯一路」沿線諸国へのエネルギー供給事業に取り組んでいるのである。

もちろん、膨大な資金調達には前代未聞のリスクが付きまとう。格付け会社の評価はまちまちだ。また、最大のスポンサーでもあるサウジアラビアのムハンマド皇太子への懸念材料も払拭されないままである。原油価格の急落を受け、サウジアラビアの先行きは暗雲が立ち込めるようになった。

しかし、目前の山が高く、険しいほど、孫正義の闘志は燃え上がるに違いない。サウジアラビアが直面する国家存亡の危機的状況も、視点を変えれば、石油依存型経済から脱皮する千載一遇のチャンスになる可能性もある。孫の脳みそはフル回転しているに違いない。

トランプ大統領は「新型コロナウイルスの感染拡大の責任は中国にある」と見なし、同時に「一帯一路計画は中国の世界支配の野望の現れである」と警戒心と非難を繰り返している。とはいえ、そうした批判は表面上の方便に過ぎない。ビジネス最優先のトランプ政権にとっては中国の一帯一路計画も裏取引の材料に仕える格好の「ディール(取引)材料」に他ならないのである。

トランプ大統領としても、アメリカ発の小型原子力発電IFRを日本に売り込み、その結果、北朝鮮や中国、ロシアに恩を売ることになれば、万々歳であろう。そうした前代未聞のディールに日本人ビジネスマンとして食い込んでいるのが孫正義というわけだ。朝鮮半島出身の家系であるが、日本とアメリカで学び、日本で起業し、今は世界を相手に戦う。特に日中韓のビジネスに賭ける情熱は半端ない。習近平主席も一目置く得難い存在だ。