近い将来、世界人口はかつてないほど高齢化するはずです。世界保健機関(WHO)の最近の報告書によると、「2030年までに6人に1人が60歳以上になる」と推定されています。問題は過去20年間、ほとんどの国で平均寿命が着実に延びていますが、健康寿命は同じペースで成長していないことです。いくら長生きできても寝たきりというのでは幸せな人生とは思えません。

 こうした背景を踏まえ、各国政府や医療機関は現行の医療システムのコストを削減し、安全衛生基準を損なうことなく、医療福祉サービスを向上させる可能性があるとして、人工知能(AI)やデジタル技術に注目しています。最近では、コンピュータのビジョン・アルゴリズムによって、乳がん等の症例検出の精度が飛躍的に高まっているとのこと。確かに、AIの進歩には目覚ましいものがあります。生身の医者よりAIロボット医師の方が正確な診断と丁寧な対応をしてくれるとの指摘も出ているほどです。

 一方、AIの革新的なポテンシャルにはリスクも伴います。まだ解決されていない問題も多々あることは否定できません。現在、規制当局がこういった課題を含めて技術革新のペースに追いつくのに苦労しているのも事実です。AIの有害な使用、特にアルゴリズムのバイアス導入により、適切なケアを受けられない可能性があるという懸念もあり、これが拡大すれば致命的な結果となる可能性があります。

 このようなリスクを回避するには、いくつかの先行試験や徹底的な検証作業が欠かせません。第一に、AIモデルには一般化の問題があり、ある試験で有効性が確認されていても、新しいデータに対しては正確な予測を提供しない場合も想定されます。例えば、パンデミック中に開発された数百のCOVID-19スクリーニング向けの機械学習モデルを改めて検証した結果、十分なサンプルサイズや外部検証の不足、また適切な性能評価の欠如など、問題のあるモデルが大半だったことが判明しました。

 また、AIモデルは通常、異なる人口サブグループ間で非常に異なる反応を示し、通常は最もデータが揃っている人口サブグループに従う傾向があります。これでは、少数派グループにとって想定外の悪影響をもたらす可能性が否定できません。

 第二に、AIが医療の文脈で人間とどのように相互作用するかについての検証や理解が不十分なままです。

 第三に、AIツールやデバイスの評価は、多様な患者の実態にどこまで正確に対応しているか不明な点が残されています。現状では依然として潜在的なリスクを乗り越えるところまでは至っていません。

 最後に、AIが健康格差をさらに拡大し、新たな格差を生み出すリスクがあります。最先端のツールの展開は、現時点では大半の国においては存在しないデジタルインフラシステムに依存せねばなりません。いくら新しい研究成果に基づき、新たな治療方法が設計されたとしても、リソースが限られた状況では途上国に限らず、地域によってはAI治療の効果を期待できないという厳しい現実に直面することになります。

 もちろん、低所得国であってもスマートフォンの広範な使用により、アプリベースのデジタル活用によって分散型の健康支援が可能になってきています。これらのアプリケーションによって遠隔地での自己妊娠中絶や抗生物質の効果的服用が実現されている事例も報告されているほどです。しかし、こうした事例はまだまだ限定的なもので、最先端のAI医療の恩恵に浴しているのはごく少数の富裕層でしかありません。

 そうした現状を乗り越え、AIのみならず量子コンピュータを活用した量子センサを医療面で応用すべく、日本政府は昨年のG7議長国として人材育成と技術知識の共有を促進させています。去る3月14日と15日、イタリアで開催された「G7産業・技術・デジタル大臣会合」においても、国連開発計画、ユネスコ、経済協力開発機構(OECD)等と連携しながら、新たなAI活用医療サービスの進化を図ろうと奮闘中です。中国の伝統医療や医食同源の発想も加えた東西文明の融合も今後の課題と思われます。