日本の血液事業の今後を展望する際、大きな要となるのは日本赤十字社といえます。なぜなら、日本国内における血液確保を一手に任されているからです。もちろん、厚労省や国内血漿分画製剤メーカーの役割も大きいのですが、原料となる血液を国内で献血によって確保し、医薬品として必要量を医療機関や患者に安全な形で提供するという使命は日本赤十字社の専売事業となっています。

 日本では法律によって売血が禁止されています。国内で必要とされる血液は生血であろうと、血漿分画製剤であろうと、基本的には国内で賄うことが「血液の安全保障」という観点に立つのが日本政府です。とはいえ、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、献血協力者の確保が難しい状況になり、特に若年層の献血離れ現象も起こりつつあるため、日本赤十字社は政府とも連携し、様々な工夫を余儀なくされるようになってきました。

 厚労省によれば、「2025年度には最大で65万人の献血者が不足する」とのこと。課題としては輸血用の血液製剤を使用する人の85%が50歳以上ですが、献血する人の70%は50歳未満という点にあります。若年層の献血数は減少傾向をたどっており、将来の安定供給に支障が生じる恐れが指摘されているわけです。

 そうした新たな状況を踏まえ、日本では新たな血液関連事業について議論が進んでいます。第一は長期的な視点からの「人工血液の開発」です。現時点では人工的な血液製造は不可能とされていますが、日本女子大学理学部の佐藤香枝教授は造血組織の分化過程を解明し、力学的な刺激による人工的な血液の量産に道筋をつけようと研究に力を注いでいます。
また、京都大学ではiPS細胞を用いた造血研究も進行中です。

 日本赤十字社とすれば、血液事業の新分野を常に視野に入れながら、目の前の血液需要に滞りなく対応する体制作りを使命としている状況です。リスクの少ない新分野という観点で日本赤十字社が現在、試行錯誤的に取り組んでいるのが「血液データ分析」に他なりません。

 献血提供者の検査データを分析すれば、本人の気付いていない病状を把握することも可能になるはずです。採取した血液からは様々な病気の予兆や現状を知ることができます。「血の1滴で13種のガンを発見できる」とまで言われるほどです。血液中に含まれる「マイクロRNA」と呼ばれる分子がガンの増殖や転移に深く関わっていることが判明していることが背景にはあります。

 国立がん研究センターを中心とした研究では、1~2滴の血液を採取し、このマイクロRNAを調べることで、様々なガンを高精度に検出できるとのこと。患部から直接組織を採取する生検(バイオプシー)並みの高い精度でガンを発見できるため、受診者への負担が軽くなり、その成果への期待が高まっています。

 また、新型コロナウイルスの中和活性(ウイルスなどの感染拡大を阻害する抗体)と高い相関性を示す血液中のIgG抗体(グロブリンというたんぱく質の一種)価を測定することで、数滴の血液から新型コロナウイルスの抗体を簡単にセルフチェックできる「採血キット」も開発されています。これは富士フィルムの新規事業です。

 とはいえ、赤十字として、こうした新たな知見や技術をどう活かすかは、今後の検討課題になっています。なぜなら、採血結果を活用するに当たっては、個人情報の扱いとの関係で、どこまで本人に検査データを開示するかは慎重な対応が求められているからです。

 なぜなら、本来、献血に来る人々は健常者であり、病気の発見を期待しているわけではないからです。しかし、実数は限られているものの、血圧のデータ等から本人の認識していない病気の予兆が確認されるケースもあるため、健康管理上は有意義なものともいえるでしょう。そのため、そうした検査データをどこまで献血者に伝えるかが検討テーマになっているわけです。

 また、別の新たな事業展開としては、コロナ感染症がきっかけになり、血漿療法が検討の俎上に上ってきました。これはコロナ感染から回復した患者の血漿を新規感染者に注射することで回復が早まったという事例に基づくもの。中国やアメリカでの先行事例が報告されたため、日本でも治験が行われ、日本赤十字社も協力してきました。日本政府からの補助金も提供され、一時は期待が高まったものです。

 しかし、武田薬品の子会社が中心となり、生の血漿を投与する治験が実施されましたが、効果が不確実であったため、今では中止されています。1万6000人を対象に治験が行われたのですが、効果の確認できた場合もあれば、確認できない場合もあり、日本のみならず、WHOも否定的な判断を下しました。そのため、医療現場の判断で、他に治療方法がない場合に限って、「最後の手段として試す」ということで極めて限定的な使用に留まっているのが現状です。

 実は、この分野では中国での実証研究が最も進んでいるといわれています。現在、大連や上海等で感染拡大が起きているようですが、日本や欧米諸国と人口比で見れば、感染者数も死亡者数も低く抑えられています。その原因の一つが、回復者からの血漿投与かも知れません。少なくとも一定の治療効果があることは間違いないようです。

 そうした治験データは中国において確保、蓄積されていると思われます。この分野での日中間の情報共有と治療方法の確立に向けての協力が欠かせません。2022年は日中国交正常化50周年でもあり、血液事業を通じての「血の通った交流」の可能性が期待されます。これが実現すれば、日中間だけではなく、世界の感染治療にとって朗報となるでしょう。