いまだ収束の兆しが見えない「新型コロナウイルス」による感染拡大ですが、2月4日から北京冬季五輪が開幕する中国では、ワクチンとは別にコロナの治療方法として「血漿」に注目する動きが出ています。これはコロナに感染後、回復した患者の血漿から抗体を抽出し、新たに感染した患者に注入すると「回復が急速に進む」との治験が得られたことによるものです。

 実は、この方法はトランプ前大統領も適用を受け、驚異的に素早い回復につながったと言われています。日本ではまだ本格的な導入は行われていませんが、その可能性には関心が寄せられており、日本医療研究開発機構の支援の下、国立国際医療研究センターにおいて特定臨床研究が始まりました。とはいえ、中国では既に10年以上前から、こうした血液ビジネスが医療現場で効果を発揮している模様です。

 各種ウイルスに対抗できる抗体を含む血液を製造する研究は中国に限らず、欧米の医療研究機関や製薬メーカーの間で試行錯誤が続いています。コロナ禍の影響を受け、日本赤十字が行っている献血活動にも支障が出てきました。このままの状況が続けば、医療の現場での輸血用の血液不足という深刻な問題にもつながりかねません。そのため世界各国では人工血液の生産に関する研究に拍車が掛かっているわけです。

 ところで、血液はどこから生まれてきたものでしょうか。長年、「骨髄造血」という考えが医学界の常識でした。ところが、2017年、アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームによって、肺も新鮮な血液の供給源の一つであることが明らかにされたのです。正に、医学界の長年の常識が覆された瞬間に他なりません。それ以降、人工造血の研究には新たな希望が生まれることになりました。

 ところが、驚くべきことに、今から2500年も前の中国の古典『黄帝内経』に「肺という臓器が造血機能を持つ」ことが書かれているのです。詳しい説明は古典本文に譲りますが、要は「中焦収気取汁、変化而赤是謂血」との結論になっており、西洋医学のはるか先を中国医学が走っていたことが分かります。

 いずれにしても、新たなウイルスとの戦いを戦争に例えれば、「ワクチン開発や治療薬の製造、備蓄は安全保障そのもの」と言っても過言ではないでしょう。現在、日本が緊急輸入しているモデルナのワクチンにしても、アメリカ国防総省の予算を活かして、既に10年以上前から研究が始まっていたものです。テロ集団が生物化学兵器を使って攻撃を仕掛けてくる可能性を念頭に、治療薬の研究、製造に取り組んでいたために、今回のCOVID-19に対しても速やかな対応ができたと言えます。

 この点は日本にとっても大きな教訓とすべきものです。塩野義製薬の澤田副社長曰く「ワクチン開発には安全保障の観点も必要。モデルナが素早くワクチン開発に成功したのは、早い段階から国防の観点でウイルスやワクチンの研究を始めていたからです。理解すべきは、ファイザーやモデルナが日本への緊急輸出を認めたのはアメリカ国内向けのワクチン製造が進んでおり、日本へ回す余裕があったため。それがなければ、国内優先の政治判断が下されたはずで、日本への提供はあり得なかったと思います」。

 この指摘は傾聴に値するものです。澤田副社長が懸念するように、医薬品の開発は国家の安全保障という側面があります。残念ながら、こうした観点は日本では重視されてきませんでした。日本は1980年代までは世界のワクチン開発の先頭を走っていたものです。水痘、日本脳炎、百日咳などのワクチンを世界に先駆けて開発し、アメリカなどにも技術供与を行っていました。ブレーキとなったのは、日本でワクチン接種による副反応をめぐる訴訟が相次いだことにあります。

 結果的に、接種を進めた国の責任を認める司法判断が示されたため、1994年の予防接種法改正で、接種は「努力義務」に後退してしまいました。それ以降、国内市場は縮小し、製薬会社は新たなワクチン開発に二の足を踏むようになるわけです。もちろん、国際基準で成功した事例としては2019年の武田薬品工業によるデング熱ワクチンもありますが、成功事例は限られています。

 実は、日本人はモンゴロイド人種であり、欧米のコーカサス人種とは違うため、人種対応のワクチンを開発すれば、アジアに歓迎されるはずです。その点、中国は人種も人口も多く、国策としての「ワクチン外交」を推し進めている背景は理解できますが、周辺国を含め国際社会は中国による独占体制には警戒する動きもあり、対応には慎重さが求められます。

 その意味では、自国の国益を最優先するのが外交ですが、国際協力の視点も欠かせません。そうした視点から「ワクチンや経口薬などをどう開発し、活用するか」また「国際的な協力体制をどう組み立てるか」は日中両国にとっても今後の大きな課題となるでしょう。
 
 ビジネスの現場では先に述べた塩野義製薬は中国最大の保険会社である平安保険と合弁会社を立ち上げ、新たな医薬品開発に中国のビッグデータを活用する取り組みを始めました。どこまで日中の合作が世界のモデルとなるのか期待が高まっているところです。

 言うまでもなく、中国にもアメリカにも、そして日本にも強みと弱みがあります。そのことを冷静に判断し、国際的な医薬品と治療法の開発には共同戦線を張ることが重要です。なぜなら、新型コロナウイルスは「人類共通の敵」なのですから。岸田政権が推し進めようとする対中外交にも、こうした視点が織り込まれることを望まざるを得ません。