2021年6月、世界の海洋研究者の間に衝撃が走った。なぜかといえば、日本の海底広域研究船「かいめい」が日本海溝において海底8000メートルで資源の試掘に成功したからだ。富士山の高さの2倍にも達する深さにまで探査のメスを入れたのである。「かいめい」は海洋研究開発機構(JAMSTEC)が建造、所有する。これほどの深海底での試掘は43年ぶりの記録を更新する快挙に他ならない。かつて億万長者のハワード・ヒューズが建造した海底探査船「グラマー・チャレンジャー」を凌駕するものである。

この試掘成功が意味するところは大きい。なぜなら、日本の排他的経済水域内において、これからの環境、エネルギー産業にとって欠かせないレアアースを確保できる可能性が急浮上してきたからだ。レアアース群といえば、ニッケルからプラチナムまで17種の希少金属の総称である。電気自動車のバッテリーを始め、携帯電話、コンピュータ、モニタースクリーン、ソーラーパネルなど民生品に止まらず、F-35ステルス戦闘機やミサイル兵器など軍事にも応用される。

現状ではこうしたレアアースの採掘、精製、商品化において、中国が圧倒的な強みを見せていた。世界各地に眠るレアアースの採掘権の約37%は中国が押さえているからだ。しかも、実際の製造に関してみれば、2020年の時点で中国の生産量は14万トンで世界市場の58%を占めている。その上、精製能力の85%を確保しているのが中国である。

第2位のアメリカは生産量の16%弱に過ぎず、精製能力がないため、ほぼすべてを中国に輸送し、中国企業に精製を委託しているに過ぎない。第3位のミャンマーの埋蔵量は13%ほどであり、中国はこのミャンマーの資源を狙っている模様だ。というのも、ミャンマーのレアアースは中国との国境地帯に集中しているからである。軍部によるクーデターが発生したミャンマーであるが、その背後にはレアアースを巡る争奪戦が隠されているとの指摘もあるほどだ。要は、未来の重要産業の動向を左右することが確実視されているのが、このレアアースなのである。

そのレアアースが日本海溝から見つかったわけで、詳細な分析や採掘計画は今後になるが、日本が未来の環境、エネルギー産業の開発レースで優位に立つ可能性が生まれてきたといえるだろう。

日本は国土面積の大きさで言えば、世界第66位の38万平方キロメートルに過ぎない。しかし、排他的経済水域という視点で見れば、日本の海域面積は国土の約12倍に当たる405万平方キロメートルにも達する。これは世界第6位の「海洋大国」であることを意味している。そのため、日本には、長い歴史を通じて養ってきた「海と共に生きる」知恵と高い技術力という強みがある。日本人独自の経験と未来を切り開く技術的なアイディアを組み合わせ、人類すべてに対し、「海からの贈り物」を提供することが持続的な経済社会発展の基本となるに違いない。

なぜなら、「海と太陽の恵み」から、人類は自らの生存にとって欠かせないあらゆるものを生み出すことができるからだ。であるならば、我々はこれまで培ってきた自然界との調和を重視する生き様、そして、いわゆる「物質循環」に価値を見出すライフスタイルを、これからの時代のビジネスモデルとなるように進化させねばならない。

次世代に資源をバトンタッチするためにも、無限に近いエネルギーを秘めた海洋と太陽の力を活用しない手はない。再生可能エネルギーとしては、太陽光や風力を源とする発電は急速に利用が進んでいるが、海洋資源の活用はこれからだ。同じ課題に中国も世界も直面している。

では、具体的な「海からの贈り物」として、注目すべき価値の源泉とは何であろうか。一般的には、海洋資源として認知度が高いのは石油、天然ガス、メタンハイドレード等である。しかし、これらの海底資源の開発には莫大な資金と国際的な争奪戦という高いハードルが横たわっている。また、冒頭に紹介したように、レアアース群の掘削も今後の有望株であることは間違いないが、実用化にはまだまだ時間がかる。

その点、今後の循環型エネルギー社会の構築を模索する上で極めて有望と思われる海洋資源の一つは“藻類”である。というのも、地球上に存在するあらゆる創生物は藻類が行う光合成によって二酸化炭素を資源として固定化することで得られるからだ。言い換えれば、こうした過程で誕生する資源は「永遠に枯れることのない資源」である。その意味では、物質循環の象徴的な存在と言えるだろう。

現在、各国が藻類を原料としたバイオ燃料等、エネルギー資源、あるいはバイオケミカル資源としての活用方法を模索している。と同時に、藻類に凝縮されたレアアースの回収や医薬品への活用など高付加価値資源化の可能性も無視できない。また、藻類そのものを食糧、飼料、肥料として活用する方法も生まれつつある。

要は、藻類一つをとっても実に多様な可能性を秘めた創生物であるということだ。このような藻類パワーを活かした新産業の育成は単にエネルギー産業や資源の有効活用にとどまらず、日本が誇る高い技術力の蓄積を持つ農業や水産業、そして医療の分野と融合させることで、これまでにない海洋産業として大きな雇用を生み出す源泉となる。

世界は新型コロナウイルスによるパンデミックの恐怖に飲み込まれているが、例えば日本の持つ海洋資源研究のノウハウを駆使することで、中国の揚子江の汚染対策、そして海産物の安全確保につなげる道が開かれる。日中の共同研究テーマとしても検討に値しよう。海南島では新たな国際健康医療特区が準備中だが、隣国としてそうした特区を舞台にした健康関連のニュービジネスに協力する意味は大きい。

こうした海洋資源創生エネルギーと高付加価値海洋資源を組み合わせたスマートコミュニティー構想こそが、今後、陸と海、そして空が一体化する新しい「海洋国家・日本」に相応しい産業構造のあり方に発展するに違いない。今こそ日本社会の閉そく感を打ち破り、洋々たる成長産業の大海に船出するために、海洋大国の潜在資源に命を吹き込む時である。

我々人類が誕生したといわれる海。「青い地球」と言われる所以の海洋。東シナ海や南シナ海が緊張と対立の海になりつつあることを思えば、「海からの恵み」に感謝しつつ、その資源力の活用に大いなる知恵を働かせ、国際的な共同開発の成功事例にするべきではないか。日中両国の協力プロジェクトとしてうってつけである。貧困を撲滅したと宣言する中国にとっても、より豊かな生活を実現する意味において海洋資源開発はまったなしと思われる。