新型コロナウィルスの影響で1年延期された東京オリンピック・パラリンピックを2021年7月23日から開催するためには、ワクチンを是が非でも確保せねばならない。当初、東京オリンピック組織委員会の会長を務める森喜朗元総理は「コロナを抑えるワクチンが準備できなければ、2021年の東京オリンピックはありえない」と中止の可能性に言及していた。

安倍前首相も国会での答弁において、「東京オリンピックを成功裏に開催するにはコロナ・ワクチンの開発が最重要課題となる。もしコロナ禍が抑え込めなければ、オリンピックの完全な形での開催はあり得ない」と発言。日本医師会でも昨年4月末の時点で、「ワクチンがない状態でのオリンピックの開催は考えられない」との声明を出していた。

1万1000人もの選手が海外から集うわけで、感染防止は至難の業となることを懸念するのは当然であろう。国民の間でも不安感が先立っており、直近の共同通信による世論調査でも3分の2が「再度の延期か中止が望ましい」と答えている。

ところが、万が一、中止という事態になれば、日本国内のスポンサー企業は一斉に契約の更新を拒むことが懸念されるし、既に販売済みのチケットの払い戻しの対応も迫られる。日本のスポンサー企業68社は過去のいずれのオリンピック大会と比べても2倍以上となる3500億円を東京オリンピック組織委員会に支払っている。

しかも、みずほフィナンシャルグループによれば「東京オリンピックの経済効果は全国で30兆円」と推定されていたため、もし中止された場合の経済的損失は計り知れないものとなる。オリンピック担当大臣に再任された橋本聖子衆議院議員も「ワクチンが広く普及していなくても、オリンピックは何があっても開催する」と強気である。

実は、東京オリンピックは安倍前首相の肝いりのプロジェクトであり、前回のリオデジャネイロの大会には極秘裏に準備した「スーパーマリオ」に扮して閉会式にサプライズ登場したほどであった。もちろん、そんな安倍氏を官房長官として支えてきた菅義偉新首相も水面下で東京誘致に深く関わっていた経緯から、「是が非でも2021年の東京オリンピックを実現せねばならない」との思いに駆られていることは間違いない。

何しろ、東京オリンピックを招致するためには国際オリンピック委員会(IOC)の有力な委員に前代未聞の金銭を伴う説得工作が行われたことは公然の事実。実は、IOCの規約によれば、委員への贈答品については「大きな金額でなければ授受を認める」となっている。問題は「具体的な上限が明示されていない」ため、「抜け穴だらけだった」と言っても過言ではないことなのだ。

その裏方仕事を仕切っていたのが菅官房長官であった。国際陸連の会長を務めIOCに絶大な影響力を有していて、「オリンピック利権の仕切り役」と呼ばれていたラミン・ディアク氏(セネガル出身)に働きかけ、IOCのアフリカ票の取りまとめを依頼したことは国際調査報道ジャーナリスト連合やロイター社の調査で明らかにされた。ちなみに、現在、ディアク氏はフランス当局によってドーピングに絡む汚職疑惑で自宅監禁に置かれている。

何としても1年の延期で済ませ、本年7月には開催に至らねばならない。でなければ、巨額のインフラ投資や裏金が水泡に帰してしまう。この間、東京オリンピック招致委員会の理事長で日本オリンピック委員会前会長の竹田恒和氏は贈収賄疑惑を受け、辞任を余儀なくされた。これは、まさに「疑惑のオリンピック」を象徴する出来事であった。

そんな中、アメリカもロシアも必死でワクチン開発に取り組んでいる。当然、中国も負けてはいない。独自のワクチン開発に精力的に資源を投入してきている。武漢がCOVID-19の発生源との国際的な批判を受け、国内の感染封じ込めに国を挙げて強力な対応を続けてきたわけだが、その効果もあり、中国での感染はピークを過ぎたと言われる状況にある。「ピンチをチャンスに変えよう」という発想からコロナ・ワクチンの開発に資金と人材を惜しみなく投入しているようだ。その結果、WHOが期待する9種のワクチンの内、4種は中国で開発が進んでいる。

そんな中、中国の感染症研究の第一人者で、国家衛生健康委員会専門家グループ長を務める鍾南山博士がロシア製のワクチンを高く評価した上で「この機会にロシアと中国の専門家がCOVID-19用のワクチンを共同で開発、製造する必要性」にも言及。要は、世界が期待し注目するコロナ対策用ワクチンの開発において、ロシアと中国が手を結んで取り組むという流れが生まれつつあるようだ。ロシアのペトロバックス社と中国のキャンシノ・バイオロジックス社は既にワクチンの共同開発と治験で手を組んでいる。

では日本の状況はどうだろうか。菅首相は「コロナ対策を最優先課題とする」と言うものの、治療や予防に関しては外国任せといった感がぬぐえない。例えば、厚労省では英国のアストラゼネカ社とオックスフォード大学が共同開発するワクチンを1.2億回分、アメリカのファイザー社のワクチンも1.2億回分を完成の暁には輸入する契約を結んでいると説明。しかし、その先行きは厳しい。

思い起こせば、日本はかつてインフルエンザの治療薬としてアメリカのギリアド社が開発した「タミフル」を大量に購入したが、緊急事態ということで国内での安全性に関する試験を免除した。当時の小泉首相は「1000万人分を備蓄せよ」と号令をかけたものだ。その結果、服用した日本の若者が相次いで死亡するという重大事件が発生。2005年の時点で、日本は生産されたタミフルの75%を輸入し、備蓄していたのであるが、この死亡事故を受け、残りのタミフルはお蔵入りとなってしまった。

今回、日本が最初に輸入を決めたコロナ・ワクチンの「レムデシビル」は、このギリアド社が開発したものである。本来は、エボラ出血熱の治療薬として開発されたもので、アメリカでもコロナ用にはほとんど使われていない。アメリカからの押し売りに「ノー」と言えない日本を象徴的に示しているのではないだろうか。

厚労省から900億円の助成を受けている日本の製薬メーカーとしてはアンジェスが臨床実験で他社より先行しているが、特定の製薬メーカーの利権に拘ることなく、一刻も早い治療薬とワクチンの開発、製造という共通の目標に向け、内外の研究者と医療機関、製薬会社が共同作業に向けてのビジョンを打ち出すべきではなかろうか。さもなければ、人類共倒れという最悪の事態に陥ることになりかねない。

今この瞬間も新型コロナウィルスは変異を遂げつつあり、我々に対する“見えない牙”を向けているからだ。幸い、WHOではCOVAXと銘打ち、COVID-19との戦いに勝つため、国際的なワクチン開発の仕掛けを創設する動きを加速させている。日本もドイツ、ノルウェーなど78か国と共に参加を表明し、20億ドルの基金の創設を計画している。

菅首相にはアメリカ最優先ではなく、世界各国との共同戦線でコロナ禍に打ち勝つ道筋を追求してほしいものだ。そのためにも、「コロナ対策に万全を期す」との念仏を唱えるのではなく、日常的な健康管理の在り方を提唱しつつ、具体的な感染症予防ワクチンの早期開発に国際社会と協力し、資金と人材を投入すべきであると思われる。