「新型コロナワクチンの開発に成功したと豪語するプーチン大統領と世界や中国の反応」

名誉会長 浜田和幸

このところ世界中で新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大が続き、その数は既に2000万人を突破した。死者もうなぎ上りである。そのため、一刻も早く治療薬やワクチンの開発が求められている。日本、中国を含め各国の研究者や100社近い製薬メーカーがしのぎを削っているわけだ。

そんな中、ロシアのプーチン大統領が世界に先駆けてコロナ用のワクチン「スプートニク5」を完成させたという記者会見を行った。8月上旬のことである。実は、ロシアはアメリカ、ブラジル、インドに次いで世界で4番目の感染者数約100万人を抱えている。プーチン大統領とすれば、国内的な不安感を払しょくしなければ、政権の維持にも暗雲が立ち込めるとの危機感にさいなまれているに違いない。

記者会見に臨んだプーチン大統領は自信満々で、「自分の娘にもこのワクチンを投与した。1回目の投与直後に少し熱が出たが、翌日に2回目の投与を行うと平温に戻った。安全性には問題なさそうだ。これから増産体制に入り、10月から医療関係者や学校の先生たちに優先的に投与したい。年明けには希望する国民全員に提供できるだろう」と「世界初の快挙」に力を込めた。

とはいえ、ビル・ゲイツ氏でさえ「完成は早くて年末か年明け」と予測しているワクチンである。世界中が驚くと共に、「本当に大丈夫なのか」と半信半疑の声が出ているのも当然であろう。実際、このロシア製ワクチンはWHOが注目する治験薬6種には含まれていない。

というのも、名前は世界初の人工衛星「スプートニク」に因んだ勇ましいものだが、短期間の開発で、治験者の数も38人と少なく、しかもワクチンを開発したとされるモスクワのガマレヤ研究所からは実験データの開示が一切されていないからだ。そのためか、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカなどの医療関係者の間では「にわかには信じがたい」と首をかしげる反応が専らだ。

しかし、強面のプーチン大統領は「ロシアにはウイルス研究20年の歴史がある。治験者の数は少なくても大丈夫」と余裕しゃくしゃくである。ロシア直接投資ファンドが5400万ドルの開発費を投入した結果と言われる。実際、この記者会見の影響は大きく、世界20か国以上から既に10億錠を超える注文が殺到しているという。

中でもフィリピンのドゥテルテ大統領は自ら「最初に投与をお願いしたい」と積極的な反応を見せている。フィリピンは東南アジア諸国の中では最も感染状態が深刻で、ロックダウンを実施したにもかかわらず、感染の拡大が収まらない。

ドゥテルテ大統領曰く「ワクチンのサンプルが届き次第、自分が治験者の第一号になる。国民の見る前で投与を受けるつもりだ。自分に効けば、フィリピンの国民全員に効くはずだ。来年5月までにはフィリピンでの予防接種を実現したい」。

フィリピンの大統領府によれば、「ロシアはフィリピンでの試験的投与に関する費用を負担してくれる。10月から治験をはじめ、来年4月までには食品医薬品局のお墨付きも得られるだろう。そうすれば、フィリピンでもワクチンの共同製造が可能になる」とのこと。同じような動きは今後、他の地域でも加速しそうだ。実際、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、インド、ブラジルも治験に参加することを検討中という。

更に、この分野の研究では最先端を走るイスラエルでも「効果を確認した上で導入したい」と前向きな対応ぶりである。イスラエルには旧ソ連から移住したユダヤ系の研究者も多く、これまでもITや医療の分野を軸に人的交流が積み重ねられていた。

実は、アメリカ政府が後押しし、オックスフォード大学やビル・ゲイツ財団が資金を提供するモデルナ社のワクチンの場合は3万人が参加する臨床試験が最終段階に入っている。しかし、ロシアの「スプートニク5」の場合はたった38人での治験である。プーチン大統領の娘が39人目になるのだろう。

いずれにせよ、余りにも少ない治験データであることは懸念材料であろう。しかし、ロシア保健省では「このワクチンは極めて効果が高く、安全である。人類がCOVID-19との戦いに勝利する上で、大きな第一歩になるだろう」とプーチン大統領の援護射撃に余念がない。その上で、国際社会からの疑問を払拭するためにも、「ワクチンに関するデータを8月末に学術専門誌に公開する」ことを明らかにした。

そして、極めつきは北京にあるロシア大使館の動きである。同大使館は8月20日に声明を発表した。それによれば、中国の感染症研究の第一人者で、国家衛生健康委員会専門家グループ長を務める鍾南山(チョン・ナンシャン)博士がこのロシア製のワクチンを高く評価し、「ワクチンは安全であり、治験が無事に完了することを期待する」旨を述べたという。

更に、鍾博士は「この機会にロシアと中国の専門家がCOVID-19用のワクチンを共同で開発、製造する必要性にも言及した」とのこと。しかも、一連の鍾博士の発言は中国外務省がオンラインで開催した「COVID-19感染症予防対策会議」でなされたもの。要は、世界が期待し注目するコロナ対策用ワクチンの開発において、ロシアと中国が手を結んで取り組むというわけだ。

世界を襲う感染症という脅威に対し、ロシアと中国が「ワクチン外交」という共同戦線を張ろうという試みである。日本としても特定の製薬メーカーの利権に拘ることなく、一刻も早い治療薬とワクチンの開発、製造という共通の目標に向け、協力のビジョンを打ち出すべきであろう。さもなければ、人類共倒れという最悪の事態に陥ることになりかねない。今この瞬間も新型コロナウィルスは変異を遂げつつあり、我々に対する“見えない牙”を向けているからだ。